昭和に生まれて

思いのままに

少女

 昭和30年代前半の東京は下町のある小学校である。

5年生になった浩一には気がかりな少女がいた。クラス替えで初めて出会った少女が一学期の間ずっと休み時間に誰とも話さず、運動場で遊ぶこともせず、またにこりともしない。自分の机に座り、無表情で、自分の周りに暗いオーラを放ち、人を寄せ付けない。なぜ、気になるのか浩一はわかっていなかった。ただただ気になっていた。

1学期が終わり、夏休みとなりしばらくは少女のことを忘れていた。2学期になり恒例の席替えとなり、その少女が浩一の隣の席に来た。

浩一は、クラスでも忘れものをよくする落ち着きのないおしゃべり好きの子であった。忘れ物をするとその当時は隣の子に貸してもらうことが多かったので、浩一は「鉛筆貸して」「消しゴム貸して」「教科書一緒に見せて」毎日のように少女に頼んでいた。

休み時間、それのお礼を言うのをきっかけに、「ねーねー昨日ね、隣の家の犬がね~」とたわいない話を話しかけた。少女は固い表情でうつむいていて、答えようとはしなかった。それにもめげず、浩一は話し続けた。それからである、休み時間や昼休みにテレビの話、仲良くしている隣の家の犬の話、水たまりに枕木を浮かべ遊ぶ話、秘密基地を作った話など少女に興味があろうがなかろうが、話しかけていた。しばらくすると少女も慣れて、うなずいたり、時にはわずかに話したりするようになってきた。そうしているうちに、少女の顔にも、笑顔が見られるようになった。

そんなある日のこと、その日も浩一はテレビの話を少女に話していた。その時、少女の横を通りかかったクラスの女の子が、「そうそう、それ面白いのよね~」と話しに入ってきた。さらにそれをきっかけに数人のクラスの女の子が話に加わってきた。少女は変わらず言葉少なく、クラスの女の子の話を聞くことのほうが多いが、表情は柔らかく、おかしいときは微笑んでいた。

それからである、休み時間になると浩一の席は、クラスの女の子が座っていて、浩一は始業のベルがなるまで自分の席には座れないことが多くなった。その少女の周りにクラスの女の子が集まっておしゃべりするのが日課のようになっていった。

ほどなくして、2学期も終わりとなり、冬休み、そして3学期となり、クラスの席替えが行われ、浩一は少女の隣の席ではなくなった。それでも、休み時間の少女の周りにはクラスの女の子が集まり、以前より、少女の笑顔も増え、話すことも増えた。暗い重苦しい影のようなオーラは消え、普通の女の子の一人と見えた。

浩一はもう少女のことが気にはならなくなっていた。